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「上鶴間」という地名

「上鶴間」という地名

    歴史的には浅間神社がこの地区の総鎮守となり
 ま
す。神社を境に上鶴間とされてきたようです。

 1591年に、この地の知行宛行状(領主から
 この地の家臣に対して発行する書類)に上鶴間の
 名前が見れます。

  相模原市、町田市、大和市をまたがる変遷で、
 私た
ちの上鶴間は現在の形となりました。

名称の考察

    私たちは、雑木林や沼地に鶴が舞い降りてきた姿
 をさして
鶴間と教えられてきました。様々な伝説が
 伝えられている一方で、境川の蛇行の様を弓の弦に
 みたてて、「つる」の読みに縁起の良い「鶴」の字
 を当て「鶴間」としたという地勢的な
説もあります。

なぜ、離れたところに上鶴間があるのか

    南台と御園の間にある米軍住宅地は戦後、
 旧陸軍の電信隊
が「上鶴間」であったため、
 その名が現在でも飛び地として残っています。
 神奈川県高座郡大野村大字上鶴間。
 相模大野の旧駅名が通信学校駅。

  戦後の横浜港湾施設の返還要望が、
 座間キャンプの固定化と上鶴間米軍住宅に深く
 関わっているのです。

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